歯石は悪者?

以前は、歯科に行くといえば、虫歯か歯周病(歯槽膿漏)の治療と相場が決まっていたが、数年前からは、これに歯石取りが加わった。歯科に行って、歯石を取ることを勧められた人は多いことだろう。もちろん、歯石を取ったほうがいいと思っているから勧めているのだろうが、中には善悪など考えず、保険の点数になるという理由だけでやっている歯科医も多い。だか、歯石は本当に悪者なのだろうか。テレビのコマーシャルを見ると、歯垢(プラーク)や歯石はつねに悪役である。放っておくと歯肉炎や歯周病になって取り返しがつかなくなると脅す。

歯垢とは、歯の表面や歯と歯の間、歯と歯茎の間につく白っぽい物質のことで、汚い表現だが、いわゆるハクソである。これか石状に固まったものを歯石という。たしかに、その中には歯周病の原因になる歯周病菌も棲息している。しかし、逆に、歯石を取ったとたんに歯がグラグラになってしまう人がいるのも事実である。

文部省の科学研究班が1980年から1986年までナイジェリア人の口腔内の調査を行ったところ、ひじょうに興味深い結果を得た。ナイジェリアのある部族は、伝統的な食生活を続け、子どもから大人まで硬いものをよく噛んで食べているという。楊枝のようなもので歯の掃除はするが、歯磨きはしない。


こうした暮らしをしているナイジェリア人の口の中はどうなっているかというと、硬いものばかり噛んでいるので、歯はがり減り、歯石もべったりとついている。ところか虫歯もなく、歯周病もない。それらの兆候すらないというのである。この調査結果を発表している日本咀嚼(そしゃく)学会の会長である窪田金次郎(くぼたきんじろう)先生は、著書の中で

「この付着した歯石のおかげで、歯列(しれつ)はがっちりと固められています。歯石は彼らの歯列にとってはなくてはならない産物となっているのです。もし歯石を取り除いてしまえば、歯はぐらぐらになり、よく噛めなくなってしまいます」

と述べている。

歯石が本当に悪者かどうかを考えるためには、歯石とはどういうもので、なぜできるのかということを考えなければならない。歯石は下の前歯の裏側や上の奥歯の外側につくことが多い。主成分はカルシウムである。なぜ、そこを中心として歯石がつくかというと、そこに唾液腺の開口部があるからである。分泌されたばかりの唾液にはカルシウムが多量に含まれており、それが前歯の裏側や奥歯の外側に沈着するという仕祖みである。

つまり、歯石は人体の分泌物であり、けっして病気や異変の現れではない。だから、入れ歯にも歯石はつく。歯石は、一般的にガクついている歯につく傾向がある。このような歯に歯石がつくと、歯石が補強材の役割をして、歯が動かなくなる。だから、そういう歯石は無理してまで取る理由はない。へたをすると、補強材がなくなって歯がグラグラになってしまうかもしれないのである。

無理やり歯石を取って、歯科医に言われたとおりに懸命に歯を磨いたとしても、2、3週間も経つと、たいていまた同じ場所に歯石がつく。体が自然にそうしているのである。このことから考えても、歯石が歯にとって必要なものだということかわかるだろう。少なくとも、歯の表面についている歯石は悪者ではない。

ただし、歯と歯肉の間に沈着した歯石は取ったほうかいい。そのまま放っておくと歯と歯肉の間が広がってしまう。そして、その隙間に食べ滓(かす)が詰まると、歯肉炎や歯周病の原因にもなる。そうでないかぎり、歯石を取る必要はない。そのままにしておいても、口の中いっぱいに歯石が成長することはない。ある程度の大きさ以上に成長することはなく、自然に取れてしまう場合も多い。どうしても歯石を取りたいのなら、その原因を絶つ必要がある。つまり、歯が揺れる原因を探り、根本的な治療をすることである。

噛み合わせを調整したことで歯の揺れが治まり、以前より歯石かつかなくなったこともある。このように、歯石はけっして病的な現象ではなく、一律に悪者だと決めつけるのは間違っている。歯肉炎や歯周病の原因となる場合と生体の防御反応としての歯石とを区別して考えたほうがいい。

— posted by Denis at 12:37 am