抜歯は周りの歯をダメにする

最近では少なくなったものの、以前はすぐに患者さんの歯を抜いてしまう歯医者がよくいた。虫歯がなくなって、口の中は一見きれいになったように見える。ところが、抜歯は周りの歯に大きな影響を与える。

まず、当たり前だが、上下の噛み合わせの関係が崩れてしまう。たとえば、下の奥歯を抜いたとすると、それまで噛み合っていた上の歯がバランスを失って、下に伸びてくる。少しでも放っておくと、抜いたあとの隙間を埋めようと、周囲の歯が移動してくる。その結果、歯列が乱れ、やはり噛み合わせが狂ってきてしまう。

歯を抜くのは簡単である。たいてい5分もあれば終わる。だが、30歳の人なら、そこまでの歯列になるまでには、ほぼ30年かかったわけである。30年かかって出来上がった、口の中の秩序をたった5分で片づけてしまうことができるのだろうか。もちろん、30年かけて治療しろとは言わないが、口の中のデリケ-トな噛み合わせを保ったまま治療するには、どうしても時間をかけて丁寧に進めていく必要がある。

初めは小さな治療から試してみるのが正当な方法である。もし、小さい詰め物が何回も取れたり、その歯と噛み合う歯が欠けてしまったりということが起きたら、今度は歯を少しだけ削るという方法を採ればいい。そして、全身の健康状態も見ながら、理想的な噛み合わせに近づくように調整していくのである。

このような治療法に対して、二度手間であるという人もいるが、そんなことはない。体全体の健康を管理しながら少しでも歯の寿命を長くするのがいちばんいい方法なのである。初めから抜歯をしていたら、じきに周囲の歯もダメになってしまう。だか、一回か二回ですべて治療を終わらせることを求める患者さんも多い。だから、歯科医としても、じっくりやったほうがいいとわかっていながら、時間の効率を優先して、削ったり抜いたりという道に走ってしまいがちなのである。

いずれにしても。抜歯というのは、あくまでも最終手段である。抜歯に頼るのはあまりにも安易な治療であり、歯科医療の邪道である。もちろん、場合によっては、抜歯をしなければならないこともある。たとえば、歯周病菌の侵襲(しんしゅう)が激しいと、膿が出つづけ、最終的には歯を支えている歯槽骨(しそうこつ)を溶かしてしまう。こうなると、つねに膿を飲み込んでしまったり、歯槽骨が痩せ衰えて歯茎がダメになり、後に入れ歯が合わせづらくなる場合がある。

こうした場合は、そうなる前に抜歯をし、歯茎を守ることを優先しなければならない。患者さんも、それまでの不快感から解放されてスッキリする。このあたりを誤解しないでいただきたいのだが、抜かないで治療するのが必ずしも名医というわけではない。どうしても抜かなくてはならない歯というものもある。だから、きちんとした歯科医というのは、抜かなくていい歯か抜くべき歯かを明確に判断でき、納得のいく説明をしてくれる人だと言えばいいだろう。

— posted by Denis at 01:03 am